黄砂を中国に送り返す


新緑の山の眺めが黄砂に霞んでいる。

毎年、黄砂のニュースを聞く度、思いを新たにするやきものの構想がある。
中国から飛んできた黄砂を、やきものにして、中国に送り返せないものかと。

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黄砂をかき集めて、窯に入れて焼いたら、釉薬になるはずだ。茶碗の釉薬に使えるだろう。
すでに微細な粉体なのでそのまま材料として扱いやすい。

1200℃前後ではチョコレートのような色でぽってりとした質感に。釉薬のガラス的成分を増せば、飴色から蜂蜜色のようになるかと思う。
まだ試していないが、鉄分を含んだ土石類だから、だいたいそんな感じかと予想する。

その焼いた黄砂で何ができるか?

植木鉢を作って釉薬にしてもいいかも。
「これで苗を育てて森にしてくださいね。」と。
あるいは、粘土に混ぜて、砂の飛散を押さえる歩道のためにレンガやタイルの意匠につかうのもいい。
「とにかく押さえてね」と。

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ただ、実用のためのデザインに使うのもいいが、ここはひとつ、黄砂を主題にした表現に仕立てあげたい。
それを中国に送って、皆で眺めて砂漠化について考えたい。

大陸の森林が砂漠化されて露になった地面から舞い上がった土が、ジェット気流に乗って地球を駆け巡る。やがて日本に舞い降りて、春の景色を霞ませるだけでなく、外出を控える程に暮らしに影響を与える黄砂。

経済や情報、CO2や放射線と同じく、国境を越えてお互いが影響を与え合う連環の世界に、私たちが暮らしていることに気づかされる。

21世紀の、この極東の島国での暮らしなかで、個人のレベルを越えて否応なく感じるこの世界のありようと現実感。『今、ここ』のあれやこれやを、やきものに託して表現することが、21世紀的やきもののあり方だ。

あまり嬉しくはないものだが、世界の繋がりの象徴としての中国の黄砂。
それと日本のやきものの土をあわせて、何ができるのか。何を表現できるのか、毎年のこと、思考は巡る。


この構想が何年も思考に終止してきたのは、ひとつには、黄砂をせめてどんぶり一杯程も集める術が思いつかないまま、ここに至っているからだ。

ならば、まずは自動車のボンネットをうさぎ毛の刷毛で掃いて集めるところから始めるべきか。黄砂とともに不純物が混じるのも却って良いかもしれない。東京の街に舞う酸化物と黄砂のコラボレーション。
都市ごと、国ごとに、同じ黄砂の釉薬は微妙に変化するかもしれない。
それを比べて、

「黄砂焼・世界紀行  21世紀 前半編」
 “Hello World Yellow sand works 21c。

をみてみたい。

後半編は後進にまかせるとして。

鼻水をすすりつつ、夢想は広がる。


(終)






2011.05.02 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 作品

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