ありふれたもの 2  ラピスラズリ vs 焼いた土


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         陶粉(地面の土を焼いて粉にした)

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           陶粉(陶土を焼いて粉にした)



20代の終わり頃の夏、学生時代の仲間達と、海あそびの帰りに、神奈川県の真鶴半島にある、中川一政美術館に行った。

深い林を背にして建つ、打ち放しコンクリートの建物の佇まいの良さと、画家の大家の自由闊達な絵に、若い美術作家達は興奮した。

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不思議な質感の絵があった。
真鶴漁港でとれた魚、確かカレイか何かを描いた大きな絵の背景が、深くて美しい青色だった。

その煌めく背景の絵を前に、日本画科出身の仲間が、「これラピスラズリが混ぜてあるよ。」と教えてくれた。
そして、画家も大家になると、宝石や準宝石を砕いた粉を岩絵の具として使うことや、昔、東山魁夷がどこかの襖絵を描いた時、材料の群青をたくさん使ったら、群青の時価が跳ね上がったというような、話をしてくれた。

皆が唸った。
宝石を砕いて絵を描くことも、作家が個人の美術館を持つことも、いや、それ以前に、作家が海の見えるアトリエを持つことも、当時の私達には遠くの出来事のように思えたものだ。
 
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遠くの出来事といえば、誰かの頭蓋骨にダイアモンドをちりばめて、アート作品にするダミアン=ハーストの覚悟と力量は、確かに凄くて特別なのだろう。

だが一方で、紙に鉛筆で、「ひゅるるるー」、と数本の線を引いただけで、人間とその生を豊かに表したマチスのほうが、同じように凄くて特別でも、何だか小気味良い気もする。

ラピスラズリのような特別な石を砕いて絵を描いてもみたいが、その辺の地面の土を窯で焼いて粉にしたものを絵の具にして、「ひゅるるるー」と、描くことをまずは目指したい。

どこにでもあるありふれた土でも、丹念に扱うことで、特別な石と同じようなことができたら、、、と思う。


(終)


テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術

2011.03.01 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 由無し事

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