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土の壁



ユン ヒチャンのよしなしごと





             土壁のシミ。

            
             (撮影場所:西日本のどこか)



              終

2011.12.14 | | コメント(0) | トラックバック(0) | よしなしごと

蒼々茫々の夕




日落ち、煙満ち、物は物と互いに融け、恍として無我の境に入る。

人語なく、物音なく、灯影なし。

唯蒼々たり、茫々たり。


(以下略)



これは、100年あまり前のちょうど今ごろの季節に、

徳富盧花が、神奈川の逗子で自然の日記として描写した文章の一説である。

(徳富蘆花 「自然と人生」 湘南雑筆 6月7日の記述 「蒼々茫々の夕」より)




今日、6月12日の夕暮れもまた、湿気のなかで「蒼く茫とした夕」だった。

ものの輪郭、思考の輪郭、言葉の輪郭、そして感受性の輪郭までも、

「茫々」でありながら、しかし明らかに作動していることを「悦」としてしる時間。


そこに在るものが、そこに在るままに周りと解け合い、しかし確かに自立するさまを、

想像した。




(終)





2011.06.12 | | コメント(0) | トラックバック(0) | よしなしごと

裏から手をまわす

$ユン ヒチャンのよしなしごと



粘土の立体を作り始めた。

四角い平らな板を粘土で作り、その四辺にヒモ状の粘土を積み上げて、ちょうど土器を作る時のように壁を立ち上げていく。

四辺の壁が必要な高さになると、今度は内側に手を入れて、左右の手で、表と裏から形を整える。

中に入れた手は、作品の裏側の見えない粘土のしわや重なりの段差をならすのが仕事だ。

このとき、左右どちらの手を中に入れるかで、その働きぶりに、かなり微妙な違いがあることに気がついている。

左の手は、しわや段差を見つけると同時に自己判断して、粘土を平らにならし始めるのに対して、右手はしわや段差がある事を、毎度、脳に報告し、指示を待っているようなワンクッションの間があって、わずかながらもどかしい。

だから見えない部分は左手で作る方が早い。
しかし、右手は左手の仕事のあと、取りこぼしがないように確認するのには適している。

上手くできている。

美しい話でしょう?と言いたい気もするが、あたりまえと言えば当たり前なのかもしれない。



(終)

2011.06.08 | | コメント(0) | トラックバック(0) | よしなしごと

おぼつかない階調

縦1

春の夕空。

丹沢方面を仰ぐ。

その完璧な階調は、しかし美しすぎて。

僕が見たいのは、
おぼつかない階調かもしれないと気がつく。


「おぼつかない階調」?? 






2011.04.18 | | コメント(0) | トラックバック(0) | よしなしごと

淡い淡い階調

DSCN6383.jpg

春の夕空の、淡い淡い階調。

なんとなく眺めていると、よく見えてくる。

澄んで見えてくる。

遠くのビルの避雷針は、その物差しになる。





2011.04.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | よしなしごと

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